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番外編
~TDEの豆知識 番外編~
「氣」の創造主である「無」の創世記
氣とは何か?無とは何か?我ら魂の目的とは?
TDEのことで「氣」は基盤となるもの。
それは「無」の時代からある久遠のエネルギー。
そろそろ「無」について本格的に語る時がきたか…
ですが、その内容は余りにも超越しており、人類には理解が追いつかない…なので、投稿は躊躇してました。
だが、今は宇宙時代の到来。そんなこと言ってる場合ではない。
こうした壮大な概念を理解しなければならない時なのでしょう…
これは、宇宙の始まる前の無の時代の真実…
そして、我ら御霊達が誕生した由縁の真実…
「神との対話1冊目」でも詳しく語られていますが、ここではその内容を独自でまとめ上げました。
かなりの長文になります。今までの投稿の中で、最も難しくて最も奥の深い内容になります。お読みになる際は覚悟して下さい。
これが解れば貴方は悟れます。偽りの神の教えから解放されます。それでは壮大な「無の物語」の世界へいざないます…
世界は虚無であり、無こそが全て。それは色も音もない純粋なる「氣」。境界のない無限の世界を全て包み込むほど。そのエネルギーを言葉で表すと「無条件の愛」。全ての存在を認めて優しく包み込む。それだけが存在する久遠の理想郷。そのような状態が永遠に続いていたが、ある時点で革命が起こる。「氣」自身が「自分とは何か?」と突然に自意識が芽生える。なぜこのようなことが起こったかは永遠の謎。それは無の世界全域に響き渡る程に巨大だった。
こうして、何も無い所から「意識」という概念が誕生した。この原初の意識を「神」「創造主」等と呼ばれる。ここでは「無」と呼ぶ。「意識」とは「想い」と同義。「氣」自体が意識体であるから、「氣=想い」という方程式が成り立つ由縁。
自意識が芽生えた無が次に抱くことは「自分を知りたい」「自分を体験したい」という想い。これが我らの原初の「欲求」となる。しかし、それが不可能であることに気づく。何故なら比較対象が全く無いから。人間だって、世界で一人しかいなかったら、自分がどんな人間なのかと定義できないのと同じ。比較するものがなければ定義は不可能。無は自らを定義するにはどうすればいいのか意識する。虚無の現実世界では実現不可能。だが、意識という概念の世界ではどうか?仮想の世界なら自らを分割して各々の比較対象を意識の中で創れる。そうすれば自らを定義できると思いつく。こうして、自らを概念上で2つに分割して「これ」と「あれ」という比較対象を創出した。更に、その2つを包み込む「その間」という三要素が同時に誕生する。
これが「三位一体」の原型となる。こうして無は3つで1つの存在となる。それら三要素は互いに循環している。同時に「時間」と「空間」という概念が誕生する。空間は「これ」「あれ」「その間」の3つあり、こことあれの間を計測する「過去」「現在」「未来」という3つの時間がある。三位一体は呼び方が異なるだけで、本質は同じである。
だが、物事を定義するには3つではまだ不可能。間という概念のない二要素でないといけない。自分を定義するには「自分でないもの」という正反対の要素が必要。そこで無は「本来の自分(プラスエネルギー)」を定義するために、その正反対の要素である「自分でないもの(マイナスエネルギー)」を概念の世界に創出した。このプラスとマイナスのエネルギーが原初の陰陽の二要素となる。マイナスエネルギーが本質的には同じ氣である由縁。その後、あらゆる二要素が誕生し、各々が定義されていく。無は世界全体において全てを知っている全知全能の存在であることがこれで理解できる。
だが、それでも自分を「知る」しかできない。自分を「体験」するには至らない。原初の想いを実現するには、物質的な世界を創り、生身で体験するしかないことに気づく。そこで無はエネルギーを一点に集中させて、エネルギーを物質化した概念上の仮想の世界を創出させた。これが「ビックバン」であり、「宇宙」の始まりである。こうして無の空間に無数の宇宙が同時に創出。星のように誕生と終焉を永遠と繰り返す。
無は自らの意識を無数に分割できることに気づく。そうすれば、各々の意識体を通じて自らを体験できて、且つ他との意識体と比較しながら自らを定義できる。これら一つ一つの意識体が「魂」と呼ばれるもので、同時に一斉に誕生した。無は自らを創造主として体験する為に、全ての魂に自らと同等の英知と想像力を与えた。これが「神に似せて、私たちが創られた」ということ。創造主としての本質が同じであるという意味。具体的には、三位一体の各々の三要素にその力や役割を与えた。
「霊魂/その間」感情を司る。基本的にプラスとマイナスの2つのエネルギーで表される。無の本質の原型がそのまま存在している唯一の要素。ここといかに意識的に繋がるかで魂の悟りが計られる。存在としての想いを抱く創造の最初の段階。
「精神/あれ」思考を司る。宇宙では物質的な要素を具現化する原動力となる。存在として抱く氣が意図した現象を物質化したり、その物質を解体してエネルギーに変換したりする。創造の第二段階。
「身体/これ」経験を司る。基本は精神が創り上げたエネルギー体だが、動物や植物といった物質的な体を一時的に纏うことがある。こうして霊魂の想いを体験化する創造の最終段階。その後、新たな想いが生まれて、三つの循環が完成する。
ここまでは完璧。しかし最大の難関があることに気づく。「自分であることを体験する」為には、まず「自分でない対極の体験」を通じて行わなければ実現しない。自分を本当に定義するのは正反対である自分でないものだけ。これは当初からの課題。だが、我らは誰も自分でなくなることはできない。どんなに意識を分割しても、本来の無という完璧な存在であることに変わりはない。自分に嘘をつくこともできない。自分であるままで、自分でないものとして体験するにはどうすればいいのか?
「意識」とは全ての「記憶」の総体。ならば本来の意識との繋がりを絶てばいい。つまり自らの記憶を失くすことで実現する。全ての記憶を失った状態ならば、自分のままでいても、意識は全く別の自分になれるということ。そうすれば、本当の自分であった記憶に囚われることなく、様々な体験を選択することができる。そして、全ての記憶を失った自分でない自分をという体験を通じて、本来の記憶を持った霊魂(無)の自分としての体験を具現化できるようになる。こうして我ら魂たちは全知全能である無の記憶を全て忘れて、対極である無知無能のゼロからの状態でこの物質の世界である宇宙に入っていき、新たなる魂として誕生した。宇宙の時間によりタイムラグが発生し、それぞれの魂は時間差で誕生しているので、魂の年齢にばらつきが生じる。だがどの魂も本来は同時に誕生した完全無欠で永遠に存在するもの。この宇宙が終焉して全てがひとつに還る際に魂たちも再びひとつになる。そして再びビックバンが起こってまた同じことを永遠と繰り返す。魂の楽しい旅に始まりも終わりもない。
我ら魂の目的とは、創造主である本来の自分というものをこの宇宙で体験すること。魂の旅とは、失った記憶の断片を集めて自らを思い出して、自らを定義していき、本来の創造主である自分自身へ還ること。一見単純でも途方もない時を費やす壮大な旅路となる。なにせ全宇宙の隅々まで体験しなければならないから。
この宇宙に存在する全ての御霊が時の始まりから行っていること。例え自覚がなくとも、ただひとつの目的へ向かう為の永き旅の最中である。その為には「無」であった事実を思い出すこと。そして相手にも思い出させること。これが悟りである。
以上、全て読んだ方、すごい…お疲れ様です。内容を理解できた方は更に凄い。そういう人は魂のレベルが高いことでしょう。魂の年齢が古いともいえる。だが、いずれは全魂が思い出さねばならぬ真実。不死の魂としてこれからの永き宇宙の生涯に大いに役立つことでしょう。
ここまで長い文の投稿は今回だけです。以後はここまでの長文はありませんのでご安心ください。それだけ今回の投稿の内容が最重要だからです。いずれ理解することでしょう…
「時間」と「空間」については、補足として次の投稿で詳しく述べます。そして「忘却」のことも。これらはかなり重要な関係があるからです。
書くのに合計まる1日かかった。大変だが、これも魂の目的の為です。